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近代化遺産ある記

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vol.21 今井まちなみ交流センター「華甍」(旧高市郡教育博物館)

掲載日:2016年3月29日

奈良県指定文化財

平等院をモデルにした優美な明治建築

かつて「大和の金は今井に七分」とうたわれた橿原市今井町。戦国時代を起源とする町並みは重要伝統的建造物群保存地区となり、地元の人々によって大切に守られてきました。その今井町の東南の端に位置するのが、今井まちなみ交流センター「華甍」(旧高市郡教育博物館)です。皇太子だった大正天皇がご成婚報告のために神武天皇陵を参拝された折、旧高市郡に2千円を下賜され、これをもとに博物館が建設されました。当時県内にあった社会教育施設は、ほかには奈良帝室博物館だけでした。

教育博物館は明治36年5月に開館しました。2階建ての中央本館左右に平屋の翼楼がある建物は、宇治の平等院にヒントを得たものです。高市郡の教育や勧業の発展を図るため、図書館や物産陳列所なども併設されました。その後、郡から県、県から今井町へと管理は移り、昭和4年(1929)から橿原市誕生の昭和31年(1956)まで、今井町役場、同図書館として使われました。「華甍」は平成7年にオープン。建物は建造当時の姿に復原修理が行われました。今井町の展示のほかイベントや講座などにも利用されています。切妻造りの張り出しに唐破風の玄関は、明治の建物の威厳と清新さにあふれていて、奈良県では貴重な近代和風建築の1つとなっています。

チェックポイント!

鬼瓦に輝く「高」の文字

郡立の教育博物館の誇り

鬼の顏や紋、火難除けの「水」の字など、建物ごとにさまざまな意匠が凝らされる鬼瓦。ここでは破風正面や隅棟に「高」の文字を焼いた鬼瓦が見られます。「高」はすなわち高市郡の「高」。皇室から下賜された資金で、将来の発展を願った博物館を建設する旧高市郡の誇りと気概に満ちあふれています。

細部にわたる室内装飾の数々

明治の和洋折衷建築の極み

正面玄関を入ると、洋風の大階段に擬宝珠高欄を配した和風の装飾が目に入ります。全体としては漆喰の白壁や和風天井などを用いた和空間に、天井と壁の境目のボーダー、花形や連窓の嵌め殺しの窓装飾など、洋風装飾が違和感なく融合し、明治の近代建築独特の味わい深さを醸し出しています。いまでは希少な揺らぎの美しいガラス窓も必見です。

展示で学ぶ今井町の歴史

重伝建地区への玄関口

華甍の北西方向に広がる今井町は戦国時代の寺内町を起源とし、信長の時代には自治都市・堺と並び称されるほどの繁栄ぶりでした。町を堀で囲い、見通しのききにくい道を配するなど外部からの侵入にも考慮された町内には、江戸時代からの商家や近代のレトロな建物が軒を連ねています。華甍の1階では今井町についての資料を展示。町並み散策に出かける前の予習にピッタリです。

建てたのはこんな人!

橋本卯兵衛(はしもと うへえ)

安政2年(1855)生まれ。大阪府出身で奈良市の奈良県物産陳列所(現・仏教美術資料研究センター)建設の際、現場監督を務めた人物です。明治35年より奈良県技師として活躍。旧奈良県立図書館(大和郡山市)、旧奈良県公会堂(現存せず)を設計しました。

今井まちなみ交流センター「華甍」(旧高市郡教育博物館) DATA

住所橿原市今井町2-3-5
アクセスJR畝傍駅または近鉄八木西口駅から徒歩約8分
建造年明治36年(1903)
一般公開9:00~17:00(入館は16:30まで)、月曜(祝祭日の場合は翌日)・年末年始休館
入館料1F展示スペース無料
問い合わせ0744-24-8719

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