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近代化遺産ある記

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vol.16 河合町役場庭園(旧豆山荘)

掲載日:2015年10月16日

町役場は実業家の広~いお屋敷跡

奈良盆地の西部、馬見古墳群で知られる馬見丘陵の北東部に開けた北葛城郡河合町。もちろん古墳だけでなく、大和川の水運とともに栄えた町のなかには、いたるところに色々な時代の歴史の足あとを見ることができますが、ちょっと変わり種なのが、河合町役場の門。とっても和風な、そして重厚な造りの門は、一見、町役場の門とは思えません。まるでどこかのお屋敷の門のようですが…。

それもそのはず、河合町役場の門とその奥に続く庭園は、かつて「豆山荘」と呼ばれた邸宅と庭園の一部でした。建設したのは大和鉄道の創業者、森本千吉です。森本の死後、豆山荘は、旧新庄町(現葛城市)出身の財界の雄、吉川京松が譲り受けました。しかし昭和23年(1948)、役場を豆山荘に移転する計画が持ち上がると吉川は快諾、同年に豆山荘を譲り渡しました。いまでは自由に散策できる日本庭園として憩いの場になっています。

チェックポイント!

「豆山荘」に込めた思い

馬見丘陵を凝縮した庭園

「豆山荘」とはなかなか可愛らしい響きですね。「豆山」は馬見丘陵一帯を指す通称。池泉式回遊庭園の作庭に当たり馬見丘陵の自然木をそのまま用い、人工美と野趣の味わいとを巧みに組み合わせています。庭は道路からも入れますが、正門からの坂道も趣のあるプロムナードとなっています。

和風建築の正門にライオンのレリーフ

和洋折衷のモダン建築

正門は、重厚感漂う落ち着いた和風建築。しかし門の両脇には、まるで金剛力士像や狛犬のように、阿形(あぎょう)・吽形(うんぎょう)の口をしたライオンのレリーフが造られています。中国美術にもある獅子ではなく、明らかにライオン。和洋折衷のスタイルが流行ったこの時代、豆山荘もその影響を受けたものかもしれません。ライオンには大正12年(1923)の銘が刻まれます。

馬見丘陵公園へレッツ・ゴー!

足にも優しい花と緑の道

池部駅に来たならぜひ行ってみたいのが、馬見丘陵公園へ向かう約1.2㎞の緑道。自転車と歩行者は専用道に分けられ、木立の中の道や街を一望する高台の道など、次々変わる風景に楽しみも倍増。公園では一面のお花畑も満喫できます(季節による)。いろいろな季節ごとに訪れたいサイクリング&ウォーキングコースです。

建てたのはこんな人!

森本千吉(もりもとせんきち)
元治元年(1864)~昭和12年(1937)

奈良県出身。明治から昭和初めにかけての実業家で、大正7年(1918)に日本初の旅客ケーブルカーとなった生駒鋼索鉄道(現近鉄生駒ケーブル)を建設したことでも知られます。神戸で土建業に着手、鉄道省の請負業者として鉄道関連の仕事に従事し、奈良盆地中部の鉄道敷設に尽力、新王寺―田原本間を開通させました。この路線は現在近鉄田原本線として親しまれています。

河合町役場庭園(旧豆山荘) DATA

住所北葛城郡河合町池部1-1-1
アクセス近鉄池部駅から徒歩すぐ
建造年大正末期
一般公開庭園は見学自由(門は開庁時間に合わせて開閉)
入館料無料
問い合わせ0745-57-0200(河合町役場)

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