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勝手に奈良検定

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第149回 勝手に奈良検定

問題1

平城宮跡で一番最初に木簡が見つかった場所は次のうちどこでしょう?

1.兵部(ひょうぶ)省跡
2.宮内省跡
3.大膳職(だいぜんしき)跡
4.東院庭園

第149回 勝手に奈良検定

正解

正解は、3の「大膳職跡」。

平城宮跡の中央部にある第一大極殿よりさらに北部に位置する大膳職跡(推定)。平城宮の大膳職は部署の中では宮内省に属し、朝廷儀式の食膳や官人への給食を担っていました。これまでの発掘調査により、少なくとも5回の造替があった痕跡が見つかっています。昭和36年(1961)に平城宮跡で一番最初に発見された木簡は「一号木簡」とよばれ、出土した土坑からは計約40点の木簡が見つかりました。さらに同年の秋には大膳職内の枠板の残る井戸から2点の木簡が出土し、歴史的な発見となりました。寺に食材を請求する「寺請(てらこう)木簡」や、甲斐国から送られてきた「クルミの荷札」は2003年に重要文化財に指定され、2017年には大膳職から出土した木簡を含む2875点の木簡が「平城宮跡出土木簡」として国宝に指定されました。

平城宮跡出土木簡はほかにどのようなものがあるのか、少しだけ見てみましょう。宮跡の南外れに位置する下ツ道から出土した「過所(かしょ)木簡」は、8世紀はじめに近江国が2人の農業従事者に発行したものではないかと考えられています。山城国から大和国に入り、最後の関所を通過したところで不要になり捨てられたのかもしれません。宮跡北東部の内裏北外郭官衙(かんが)のゴミ捨て土坑からは、約1800点の大量の木簡が出土しました。日本各地から送られてきた調などにつけられた「荷札木簡」、宮の門を警備する兵衛(ひょうえ)の配置について書かれた「西宮兵衛木簡」など種類も豊富で、木簡研究に大きく貢献しました。平城宮跡資料館で10月中旬から11月下旬にかけて行われる「地下の正倉院展」では、平城宮・京跡出土木簡の実物が展示されます。興味のある方はぜひ!

問題2

正倉院の建物・正倉の建築様式として正しいのは次のうちどれでしょう。

1.校倉(あぜくら)造
2.寝殿造
3.書院造
4.主殿造

正解

正解は、1の「校倉造」。

「正倉」というのは、国の中枢や各寺院の中心にある穀物や財産を収蔵する倉のことです。正倉院の宝物は、聖武天皇が亡くなり四十九日を迎えた天平勝宝8年(756)、光明皇后が天皇の冥福を祈願し、天皇愛用の品を大仏に献上したことにはじまります。宝物は東大寺の正倉(現在の正倉院正倉)に収められるようになりました。正倉院正倉は北倉、中倉、南倉の3室に分かれています。中倉は板で壁を作り、北倉と南倉は三角形の木材を組んで屋根裏も含め3層になっている校倉造です。虫や湿度に強い唐櫃(からびつ)に収めた宝物を、この建物の中に保管していました。ちなみに、校倉造の建物は現存しているものは少なく、ほかには唐招提寺の経蔵(きょうぞう)などが挙げられます。

現在、正倉院宝物は鉄筋コンクリート造りの東宝庫と西宝庫に移され、大切に保管されています。東宝庫の内部は木造建物を包含した二重構造になっているため、正倉院正倉に収められていた当時の環境に近い状態といえるでしょう。一方で、西宝庫は機械装置を用いて湿度などを調整しています。それぞれのよさを活かした保存がなされているのではないかと思われます。なお、正倉院正倉は外観の見学をすることができますよ。寄棟本瓦葺きの屋根、現存数の少ない校倉造と大変貴重な建物です。正倉院展が開催される期間中には毎日10時から16時まで公開されるそうなので、この機会にぜひ足を運んでみてくださいね。

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