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勝手に奈良検定

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第38回 勝手に奈良検定

問題1

奈良市にあるこの建物は、平成6年に歴史的建造物として国の重要文化財に指定されました。この建物の名前は何でしょうか。

第38回 勝手に奈良検定

正解

正解は奈良女子大学記念館。

奈良女子大学の前身である奈良女子高等師範学校は明治41(1908)年に設置されました。旧本館(奈良女子大学記念館)は、文部省・山本冶兵衛による設計で、ハーフティンバー形式木造二階建て、寄棟屋根、桟瓦葺(さんがわらぶき)でドーマー窓を持ち、学校創設以来の建物です。漆喰(しっくい)の壁の上に緑に塗られた木枠が美しく、軒に巡らされた装飾や外壁のはめ板の変化ある配置など、すみずみにまで意匠が凝らされています。

1階にはポーチ付き玄関、校長室・応接室があり、2階は全体が講堂として使用されていました。中央部を二重に折り上げた天井には花形飾りの換気口があります。守衛室は明治42(1909)年に竣工し、木造平屋建て、十字形平面の鉄板葺で、本館と類似した雰囲気でまとめられています。旧本館・守衛室は、日本における学校建築の歴史を知る上で重要な建造物として平成6(1994)年12月、国の重要文化財に指定されました。毎年春と秋に一般公開されています。

古都・奈良には、意外と多くの洋風建築が残っています。山下啓次郎設計の奈良少年刑務所、迎賓館の建築家・片山東熊(かたやま とうくま)設計の奈良国立博物館、辰野金吾設計の奈良ホテル、保存運動で有名な旧・奈良駅舎などがあります。春風に誘われて、奈良洋館巡りを楽しんでみてはいかがでしょう。

問題2

奈良市にあるこのお寺には、平景清の伝承が残る「景清地蔵」と「おたま地蔵」の2体があります。何という名前のお寺でしょうか。

正解

正解は新薬師寺(しんやくしじ)。

平景清は、壇ノ浦の戦いで生き残った平家の武将。勇猛さで知られ「悪七兵衛(あくしちびょうえ)」の異名をもち、能や歌舞伎の題材にも用いられています。能「大仏供養」は、奈良を訪れた源頼朝を景清が転害門で待ち伏せる物語です。この時、近くの堂に祀られていた地蔵尊に、錫杖の代わりに自分の弓を形見として持たせたといいます。

昭和59(1984)年、この景清地蔵尊を東京芸術大学に保存修理をお願いしたところ、もう1体の地蔵が胎内から発見されました。景清地蔵にすっぽりと覆われていたため、700年間、誰の目にもふれなかった地蔵です。若々しい顔立ち、具象的な陰相をもつ姿は「おたま地蔵尊」と命名されました。おたま地蔵は境内の「香薬師堂」に安置されており秘仏ですが、希望により特別に拝観できます。

新薬師寺の創建は天平19(747)年。聖武天皇の眼病平癒祈願のために光明皇后によって建立されました。創建当時は1万2000坪の境内に壮大な七堂伽藍があったと言われています。本堂をはじめ、本尊の薬師如来坐像や十二神将で知られますが、貴重な石仏の「十王菩薩立像」、東大寺修二会(しゅにえ)を始めた実忠和尚(じっちゅうかしょう)の「十三重塔」、オコト点(送り仮名)が付された珍しい「法華経八巻」(国宝)等々の仏像・工芸品があり、天平文化の粋を残す静かな古刹として親しまれています。

問題3

生駒市にある竹林寺(ちくりんじ)には、奈良時代の著名な僧のお墓があることで知られます。この僧は、何という名前でしょうか。

正解

正解は行基(ぎょうき)。

竹林寺があるのは、生駒山東麓です。ここに文殊(もんじゅ)信仰の霊場で名高い中国・五台山(ごだいさん)の竹林寺にちなみ、文殊菩薩の化身といわれた奈良時代の高僧、行基の墓があります。架橋、治水などの社会事業に奔走し、東大寺大仏の造立にも力を尽くした行基は、「行基法師をもって大僧正となす」と最高の称号を与えられた僧です。

『行基年譜』には、行基が生駒山に入り「生馬仙房(いこませんぼう)」で修行した場所とあり、「生馬仙房」の後身が竹林寺とされています。竹林寺は西大寺中興の祖・叡尊(えいそん)、その弟子忍性(にんしょう)によって再興されましたが、明治初めの廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)で廃寺となり、本堂は破壊、仏像も外に移されました。昭和初めに再興されたものの、無住の状態が続き荒廃ぶりはすさまじいものでした。稀代の聖僧、行基と忍性にゆかりの由緒ある竹林寺が再興されたのは、平成9年(1997)になってのことです。

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