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勝手に奈良検定

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第102回 勝手に奈良検定

問題1

写真は奈良の秋を代表する灯りのイベント。さて、これが開催される池の名前は次のどれでしょう。

1.奈良市の蛙股池
2.曽爾村のお亀池
3.香芝市の旗尾池
4.下北山村の明神池

第102回 勝手に奈良検定

正解

正解は、2の「曽爾村のお亀池」。

一面のススキの原で知られる曽爾高原は、春夏秋冬、雄大な風景が満喫できる絶景スポットです。すり鉢状に広がる高原の、底の部分に位置するのがお亀池。池とは言っても水をたたえているわけではなく、植生豊かで希少種も見られる関西有数の湿地帯です。このひょうたんの形をしたお亀池の周りに、木製燈籠が立ち並ぶのが「曽爾高原山灯り」。ほかに何の明かりもない高原に点々と灯が灯り、高原特有の冷涼な夜の空気と、幻想的な風景を楽しむことができます。毎年9月上旬から11月下旬まで行われます。

自然の池ばかりではなく、農業用水の溜め池など人工の池も多い奈良県。奈良市の蛙股池(かえるまたいけ)は、「く」の字形に大きく曲がった形が特徴的な、知る人ぞ知る日本最古のダム。造られたのは西暦100年頃とも、推古天皇の時代とも伝えられ、『日本書紀』には菅原池の名前で登場します。香芝市の住宅地の奥にある籏尾池(はたおいけ)も古い伝承の残る池。推古天皇の時代に、聖徳太子がたった1晩で掘ったといわれています。周囲約2km、面積6.6haの溜池で、深い緑色の水面が印象的です。地元をはじめ周辺の町からも太公望たちが訪れ、日がな一日、釣り糸を垂らしています。

大自然に囲まれた池のある風景を楽しむなら、龍神伝説残る下北山村の明神池がおすすめです。対岸の森を映す鏡のような水面、池から突き出た古木のたたずまいはとても神秘的。池のほとりの池神社のご神体であるのも納得の美しさです。ほかにも生駒市のくろんど池や奈良市の大渕池など、おすすめの池はたくさん!また前方後円墳の周濠を歩くのも、奈良だからこそ味わえる〝池〟の散策ですね。ご紹介した池はいずれも散策路が整備され、秋風が心地よくなるこれからの季節、のんびりとした時間を過ごすのに最適です。秋の大和路を堪能されてみては?

問題2

奈良県にはかわいい〝ゆるキャラ〟たちがいっぱい。では会話の語尾に「ペアー」とつける口癖をもつゆるキャラは、次のうちのだれでしょう。

1.吉野町の吉野ピンクル
2.奈良県のせんとくん
3.黒滝村のくろたん
4.大淀町のよどりちゃん

正解

正解は、4の「大淀町のよどりちゃん」。

大淀町の名産は、大阿太高原で栽培される梨やぶどうです。町のマスコットキャラクター「よどりちゃん」は、その梨の大木に100年前から住んでいた梨の妖精で、キュートな笑顔が町民にも大人気のキャラクターです。よどりちゃんの口癖は、ときどき語尾にみられる「ペアー」。船橋市の非公認キャラで、同じく梨の精の「ふなっしー」は、日本語の梨に由来する「なっしー」が口癖ですが、よどりちゃんの口癖は英語で梨を意味する「pear」に由来するものです。

キャラクターの口癖はほかにも。たとえば吉野山の桜の妖精、吉野町の「吉野ピンクル」は、語尾に「ピン」とつけるのが口癖です。黒滝村の「くろたん」は、村で生まれた元気なウリ坊の男の子。いろんなことに感動しては語尾に「シシ~」を連発しています。反対に口癖のないのが奈良県の「せんとくん」。ツイッターでは流暢な関西弁を披露しますが口癖はありません。思いを胸に秘める無口なタイプの男の子なのだとか…。

奈良県は全国でもゆるキャラの数が多い方だとか。ほかにもたくさん愛すべきキャラクターがいます。『ええ古都なら』の「ゆるキャラといく まちかど探検隊」コーナーでは、各地のゆるキャラたちが、地元のマイナースポットや名所旧跡を紹介してくれます。これからも続々と登場予定ですのでお楽しみに!かわいい笑顔に癒されてくださいネ!

問題3

それは天平勝宝4年(752)、東大寺の大仏開眼法要の日のこと。急きょ、法要にひっぱり出された鯖(サバ)売りのおじいさんの鯖が、法要後、あるものに変わっていたという不思議な話が伝えられています。さて、いったい鯖は、何に変わったのでしょうか。

1.お経
2.仏像
3.筆
4.香炉

正解

正解は、1の「お経」。

この不思議なお話は、仏教説話集『今昔物語集』に収載されています。大仏造立を発願し、ようやく開眼にこぎつけた聖武天皇は、法要で経を読む読師(とくし)を誰にしようかと、最後まで決めかねていました。するとある日、聖武天皇の夢に高貴な人が立ってこう言いました。「僧侶であっても在家であっても、身分の貴賤(きせん)を問わず、とにかくその日最初に寺の前にやってきた人を読師にしなさい」。

夢のお告げを信じた天皇が、当日、寺の前を見張らせていると、朝一番にやって来たのは何と籠を担いだ鯖売りのおじいさん。尻込みするおじいさんを無理やり説き伏せ、法衣を着せ、法会の座に着かせました。法会は不思議にも無事に進みましたが、ふと気が付くとおじいさんの姿はなく、あとには担いでいた籠があるだけでした。その籠をあらためてみると…、なんと中には鯖ではなく「華厳経(けごんきょう)」80巻が入っていたのです。聖武天皇はみほとけが使いをよこされたとむせび泣き、大仏に感謝の意を述べたと言います。担いでいた天秤棒は樹木となり、「鯖の木」と呼ばれました。

実際に天平勝宝4年(752)4月9日に行われた大仏開眼法要では、開眼導師をインド僧の菩提僊那(ぼだいせんな)、講師を大安寺の隆尊律師(りゅうそんりっし)、読師を元興寺の延福法師が勤めました。法要はおごそかに、そして華やかに盛大に行われました。この開眼法要で用いられた仏具や伎楽面(ぎがくめん)などは、現在、正倉院宝物としてたくさん伝わっています。この秋開催される正倉院展でも、開眼法要に用いた品々が出陳されますので、ぜひ訪ねてみてはいかがでしょう。

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