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勝手に奈良検定

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第24回 勝手に奈良検定

問題1

お水取りの行事で、3月12日深夜(13日の午前2時ころ)、閼伽井屋(あかいや)にある若狭井(わかさい)から本尊に供える香水がくみあげられます。この水は若狭国(福井県)小浜の何という名前の神社から送られたものでしょう。

第24回 勝手に奈良検定

正解

正解は「遠敷(おにゅう)神社」。

東大寺修二会の俗称ともなっている「お水取り」は、3月12日深夜、咒師を先頭に6人の練行衆が二月堂下の閼伽井屋に向かい、堂童子が中の若狭井から水を汲み上げて、本尊に供えられます。

『二月堂縁起絵巻』によると、東大寺開基良弁僧正の高弟であった実忠が、神名帳を読み上げて全国の神々を二月堂に勧進している時に、若狭の遠敷明神が釣りに夢中になって来るのが遅れたおわびに、二月堂近くに香水を湧き出させたといわれています。黒と白の鵜(う)が岩から飛び立ち、そのあとが若狭井となったとされ、閼伽井屋の屋根にはこの鵜が造作されています。

問題2

奈良県明日香村で真弓鑵子塚(まゆみかんすづか)古墳の横穴式石室が、石舞台古墳をしのぐ国内最大級のものとして発見されましたが、被葬者といわれているのは誰でしょうか。

正解

正解は「東漢氏(やまとのあやうじ)」。

奈良県明日香村の真弓鑵子塚古墳の横穴式石室の幅が、石舞台古墳をしのぐ国内最大規模の4.4mとわかりました。巨石約400個がドーム状に積み上げられ、長さ19m、高さ4.7m、築造年代は6世紀中ごろと推定されています。渡来系氏族の特徴とされるミニチュア炊飯具やベルトに使われたとみられる獣面飾金具など華やかな副葬品も出土しました。

付近の丘陵地は渡来系の遺物が多く出土するところで、蘇我氏の配下として朝廷の外交や軍事などに関わった、渡来系有力豪族・東漢氏の本拠地「檜前(ひのくま)」に近いところです。「石舞台」をしのぐ石室規模から考えて、東漢氏の首長クラスの墓と見られています。巨石を積み上げたドーム状の石室は朝鮮半島で多く見られ、絶妙のバランスで出来た精巧な石室には、朝鮮半島から持ち込まれた技術の高さがうかがえます。

問題3

奈良県田原本町の秦楽寺で『三教指帰(さんごうしいき)』を著し、東大寺戒壇院で得度受戒したといわれている僧は誰でしょう。

正解

正解は「空海」。

空海の俗名は佐伯真魚(さえきのまお)といい、774年讃岐国の豪族の子として生まれました。19歳のころから御蔵洞(高知県室戸市)で修行し、その間、空と海だけを目にしていたことから空海と名乗ったと伝えられています。

24歳で儒教・道教・仏教の比較思想論でもある『聾瞽指帰(ろうごしいき)』を著しました。「聾瞽指帰」は後に序文と巻末の十韻詩を改訂し『三教指帰』と改題されましたが、奈良県田原本町にある秦楽寺には、空海がこの寺で書いたとの伝えがあります。その後31歳(804年)の時、東大寺戒壇院で得度受戒し、遣唐使の留学僧として唐に渡ります。

「虚しく往きて実ちて帰る」と空海が言っているように、わずか2年で多数の経典類と、密教を含めた最新の文化体系を持ち帰りました。822年、東大寺に灌頂道場真言院を建立し、平安時代に華厳教学が衰退した折には、真言宗の空海が担ぎ上げられ、東大寺の別当にもなっています。

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