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勝手に奈良検定

第25回 勝手に奈良検定

問題1

吉野山金峯山寺(きんぷせんじ)・蔵王堂の西側の谷にあり、長い石段を455段下った先にある神社は、何という名前の神社でしょう。

第25回 勝手に奈良検定

正解

正解は「脳天大神(のうてんおおかみ)」。

修験道(しゅげんどう)の根本道場である金峯山寺。金峯山を含む吉野一帯は古くから神祇、道教、仏教などの聖地でもありましたが、大峰山(山上ヶ岳)は女人禁制でした。しかし終戦後、当時の金峯山寺管長であった五條覚澄大僧正は増え続ける女性信徒の行場として、現在の脳天大神に下りる階段の途中に滝を計画しました。

さていよいよ明日は落水という日、大蛇が頭を割られ死んでいましたが、翌日から死んだはずの大蛇が頭を割られたまま現れ、「我は蔵王の変化身であるから、脳天大神としてまつられたし。首から上のいかなる難病苦難も救うべし」と告げたということです。首から上の病気にとどまらず、悩みごと、あらゆる試験の合格祈願祈祷所として、「吉野の脳天さん」として親しまれています。

問題2

平成10年、奈良県明日香村の飛鳥池工房遺跡の発掘で、あるものが33枚出土しました。それは何と呼ばれるものでしょう。

正解

正解は「富本銭(ふほんせん)」。

富本銭はそれまでいくつかの発見例がありましたが、江戸時代に模鋳された絵銭であるとか、奈良時代に造られたおまじないのお金と考えられていました。ところが、平成10年奈良飛鳥池遺跡の発掘によって33枚分の富本銭が出土し、分析考察した結果、7世紀後半にさかのぼる銅銭であることがわかりました。

これによって、それまで日本最古の流通貨幣とされていた「和同開珎(わどうかいちん/わどうかいほう)」より古い貨幣であることが明らかとなりました。『日本書紀』683年(天武天皇12年)の記述にある「今より以後必ず銅銭を用いよ」と書かれている銅銭が、いったい何を指しているのかそれまで謎でしたが、それこそが富本銭である可能性が高くなったのです。

富本銭の上・下に刻まれている「富」「本」の意味は、唐の『藝文類聚(げいぶんるいじゅう)』にある「国や国民を富(と)ませる本(もと)は、食と貨幣にある」という故事によるものといわれています。また、左右にある7つの星は、陰陽五行(いんようごぎょう)思想の日と月、木火土金水の七曜を現し、天地万物すべて調和のとれた状態であるという、中国の伝統的な貨幣思想を表していると考えられています。

問題3

「思えば伊勢と○○の神。一体分身の御事。今更なんと磐座(いわくら)や」と能に歌われる玄賓僧都(げんぴんそうず)の説話。伊勢神宮と並び称され、ご神体の山の名前でもある「○○」には、何が入るでしょう。

正解

正解は「三輪」。

はじめに能「三輪」のあらすじをご紹介しましょう。三輪山麓に庵を結ぶ玄賓僧都のもとに女性が現れ、罪の救いを求めて通います。ある日、女は僧都から衣を一枚もらいます。そして帰り際、住まいを尋ねられると「三輪山の杉の立っている門を訪ねよ」と言って姿を消します。

玄賓僧都がこの杉を訪ねると、三輪明神が狩衣(かりぎぬ)と烏帽子(えぼし)姿の男装で現れ「神も人間同様に罪を背負っている」と嘆きます。そして、神代の昔話として、神婚説話や天の岩戸の神隠れ伝説の神楽を再現して見せ、伊勢の神と三輪の神は本来一つであるが、仮に別々の姿で現れていると告げ、僧の見ていた夢はそこで醒めます。

たいへんに複雑な神の話ですが、神が僧である玄賓に仏法による助けを請い、伊勢と三輪の神が同一であると語られます。伊勢の天照大神(あまてらすおおみかみ)と重ねるために、三輪明神は自身を日本神話に出てくる「大物主(おおものぬし)」であると言い、自分を三輪山に祭るように命じたので、以後、三輪山がご神体となり、三輪山崇拝が始まったといわれています。

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