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紀州街道 ~五條から紀の国へ~

掲載日:2013年4月1日

大和と紀の国との国境にある真土山(まつちやま)。万葉時代には歌枕にもなり、この真土山に流れる落合川が国境になっていました。そして落合川の渓谷にある飛び越え石をまたいだ瞬間、旅人は違う国に足を踏み入れたことになりました。交通手段が徒歩だけの時代、国境を越えるときの気持ちは現代人の感覚とはまったく違っています。今回は紀州街道を下り、飛び越え石を飛び越え、古の旅人たちの心に触れてみましょう。

JR北宇智駅~三在~宇智川磨崖碑~五條新町~五新線跡~大和二見駅~上野町~真土山~赤井館跡~飛び越え石~JR隅田駅(徒歩約4時間)

五條は紀州街道・下街道・伊勢街道など多くの街道が交わる街でした。JR北宇智駅から東に向かい、国道24号を渡ります。そのすぐ先にある細い道が旧街道です。三在(さんざい)から北は紀州街道ではなく、下街道と呼ばれています。付近には重厚な瓦の民家があり、歴史を物語っているかのようです。

街道はすぐ先で巨勢(こせ)からの道と合流しています。三在交差点から伊勢街道も分岐し、吉野や大和から紀州に行くためには、五條は必ず通過する街だったことがわかります。栄山寺への道標が歩道橋の下に残されている地点から、少し国道を離れ、宇智川磨崖碑(まがいひ)へ向かいます。磨崖碑の案内板から川への階段を下りると、世間の喧騒から離れた別世界に迷い込んだ気分になります。ここは重要な奈良時代の仏教遺跡として、大正時代に国の史跡に指定されました。磨崖碑の碑文は見ただけではわかりにくい状態になっていますが、宇智川の流れに悠久の時を感じることができる場所です。

国道を離れ、まっすぐ西にのびた道を進んでいきます。JR五条駅近くを過ぎ、本陣交差点を目指して歩きます。交通量の多い交差点ですが、周辺には古い町家も残されています。吉野川へ向かって国道168号沿いに歩いていくと重要文化財の栗山家住宅に目を奪われます。重厚なたたずまいは見る者を圧倒する存在感を示しています(詳細はこちら)。その先の新町口交差点の角を曲がれば、そこはまるで江戸時代。この新町通りには今も多くの町家が残り、美しい格子や迫力のある鬼瓦が目を引きます。通りを西に進むとやがてコンクリートの橋が見えてきます。五條と新宮をつなぐ鉄路が走る予定だった幻の五新鉄道跡です。橋は吉野川堤防の手前で突然終わっています(詳細はこちら)。

五新線跡を過ぎ、国道24号を渡るとJR大和二見駅前です。踏切を渡り、道なりに進んで国道に合流したら、そのまま国道沿いに進みます。前方に見えてくる小高い山が真土山です。真土山への道はわかりにくいですが、ところどころに道標が立てられているのでそれを頼りに進みましょう。

渓流の音を聴きながら地元の方が整備されたという道を下っていくと、「飛び越え石」があります。中央に突き出た飛び越え石の真ん中を、落合川が流れていきます。ここが奈良県と和歌山県の県境であり、ひとまたぎで川と県境を越えることができる場所です。落合川は奈良から流れてきた吉野川に注ぎ、この合流地点を境に、和歌山県側では紀ノ川になるのです。飛び越え石から和歌山県側の道を登り集落を抜けていけば、ほどなくJR隅田(すだ)駅に到着します。


北宇智付近の重厚な瓦の民家

北宇智付近から見る金剛山

宇智川磨崖碑

新町通りの街並

町家で見られる鬼瓦

上野町付近から見た真土山

落合川の飛び越え石
 

交通の要衝、五條に残されたもの

五條は古来さまざまな土地への交通の要でした。奈良、和歌山、河内長野、十津川、あらゆる場所へ続く旧街道が、現在の五條の本陣交差点で交差しました。交差点にはかつての繁栄を偲ばせる立派な道標が残されています。五條新町を歩くだけでも、その繁栄ぶりを偲ぶことができます。交通の要衝地だったゆえに、数々の歴史の舞台ともなりました。なかでも幕末には、天誅組が尊王攘夷を掲げ、徳川幕府に対して武装蜂起した場所としても知られています。五條から南へ鉄路を伸ばす五新線の計画も、多くの人々の期待を集めたものでした。しかし昭和57年、開通することなく工事は全面中止に。新町通りを横切る高架跡は、鉄路に夢を馳せた人々の思いを静かに今に伝えています。


本陣交差点脇の道標


五新鉄道の橋の跡

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