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勝手に奈良検定

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第111回 勝手に奈良検定

問題1

さて、どこから見た眺めでしょうか。

1.屋敷山公園(葛城市)
2.黒塚古墳(天理市)
3.依水園(奈良市)
4.鏡池(奈良市東大寺境内)

第111回 勝手に奈良検定

正解

正解は、3の「依水園」。

名勝依水園は、奈良市水門町の閑静な住宅地の一角にあり、園内の寧楽美術館は、東洋美術の秀作を数多く所蔵することで知られています。依水園の特徴は、江戸時代に作庭された前園と、明治時代に作庭された後園の、時代の異なる2つの池泉回遊式庭園が築かれていること。また前園が周囲から隔絶され完結した空間であるのに対し、後園は周囲の風景までを借景として取り込み、驚くほど広がりある空間を演出しています。

写真は、依水園後園の風景です。後園は明治時代の実業家、関藤次郎が築いた築山式の池泉回遊式庭園。挺秀軒や清秀庵を置き、茶の湯を楽しみ詩歌を詠むための心落ち着く空間として設計されました。そして、それらの建物の細い石畳を抜けると、突如として目の前に開けるのが写真の空間です。若草山、春日山を遠景に、中景左手には東大寺南大門、手前には築山と池…。日本庭園の粋と設計の妙とを備えた、見事なまでの風景が広がります。

1の「屋敷山公園」は、葛城山麓にある総合史跡公園。園内には、古代豪族葛城氏に関わる5世紀中頃の前方後円墳・屋敷山古墳(国史跡)があり、起伏に富んだ園内には白鳥が憩う池もあります。2の「黒塚古墳」は、天理市柳本町にある前方後円墳です。全長約130mで4世紀初めから中頃の築造と考えられ、なんと33枚の三角縁神獣鏡が出土しました。古墳と周濠を含む辺り一帯はよく整備され、散策ができ、墳丘からは周囲をぐるりと見渡すことができます。4の「鏡池」は、東大寺の中門・大仏殿に向かって右手手前にある池。別名八幡池とも呼ばれます。池越しには中門、大仏殿が見え、まさに鏡のような水面にその姿が映ります。池の島には弁財天の祠もあり、舞台が設営され、雅楽演奏などが行われます。奈良には自然や古来の人工物を生かした、美しい風景がたくさんあります。新緑の美しいこの季節に、お気に入りの風景を探してみてはいかがですか。

問題2

奈良市高畑に暮らした文豪・志賀直哉。往時の姿を修復し公開されている旧居に「いまは見られないもの」とは、次のどれでしょう。

1.モリアオガエルの産卵
2.進駐軍が切った鴨居
3.観音像
4.ビリヤード台の痕

正解

正解は、3の「観音像」。

明治時代から昭和にかけて活躍した近代文学を代表する作家、志賀直哉。彼が昭和4年(1929)に自ら設計し、家族とともに住んだ「志賀直哉旧居」(登録有形文化財)は、直哉の思想をたどることができる貴重な建造物です。彼はこの家で9年間を過ごしましたが、2階の書斎では、長編作品にして代表作でもある『暗夜行路』を完成させました。しかし、志賀家が東京へ転居して後、この家は進駐軍に接収されたり旅館として使われたりと数奇な運命をたどります。一時は取り壊しの危機にもさらされましたが、地元の人々らの保存運動によって救われ、修復工事もなされ、現在は奈良学園セミナーハウスとして一般に公開されています。

正解の観音像は、かつて谷崎潤一郎が所有していた物でした。谷崎がこれをもっていたときには、もともと欠損していた腕や足に修復が施されていましたが、志賀直哉は彫刻家の明珍恒夫に頼み、〝不純な直し〟をとってもらったといいます。もとの姿にもどった仏像を見て、志賀直哉は「たいへんよくなった」と言ったとか。完璧な美を愛した谷崎と、あるがままの姿を愛した志賀。二人の作家の個性がうかがえるエピソードです。この観音像は、現在は早稲田大学の會津八一記念館に所蔵され、旧居では2階の客間に飾られた写真でその姿を偲ぶのみです。ちなみにこの部屋には、かつてプロレタリア文学の小林多喜二も泊まったといいます。

1の「モリアオガエルの産卵」は、その2階の北側の窓から見下ろせる池で行われます。春日原始林からカエルがやってきて、毎年泡状の卵をうみつけます。生き物が好きだった志賀直哉は、この池にもいろいろな魚を放しましたが、友人であった武者小路実篤が、その魚を東京へ持って帰ったことなどが記録に残されています。また2と4はともに、進駐軍がこの家を接収していた時代の痕跡です。1階の直哉の和室の鴨居には、途中垂直に切られた跡がありますが、現在は修復されて継がれ、もとの高さに戻されています。これは背の高いアメリカ兵が、頭がぶつかって邪魔だと切ってしまったからだそうです。また食堂の大テーブルの足元をよく見ると、4ヵ所、正方形に色が変わっている箇所があります。これはアメリカ兵が持ち込んだビリヤード台の脚の痕です。さまざまな場所に、歴史の痕跡を残す志賀直哉邸。ゆっくりご覧になるといろいろな発見があり楽しめます。詳細はこちら

問題3

次に挙げた想像上の動物のうち、秋を象徴するものは、さてどれでしょう。

1.青龍
2.朱雀
3.白虎
4.玄武

正解

正解は、3の「白虎」。

青龍・朱雀・白虎・玄武は、古墳の石室に描かれたことでおなじみの動物たちです。ただしくは動物というよりも、想像上の霊獣・神獣であり「四神」と呼ばれます。いずれも大陸から由来したものではありますが、それぞれの起源については複数の説があります。日本の古墳で、これらが描かれたものといえば、奈良県明日香村の高松塚古墳、キトラ古墳がよく知られています。高松塚古墳は、藤原京の時代(694年~710年)に造られた2段からなる円墳で、1972年、極彩色の壁画が大スクープとして大きく報じられました。同じく2段からなるキトラ古墳は、7世紀末から8世紀の初めにかけて造られたと考えられています。

高松塚古墳の石室からは青龍・白虎・玄武が、キトラ古墳の石室からは青龍・朱雀・白虎・玄武の四神すべてが確認されています。これらはただやみくもに描かれたのではなく、ルールにのっとって描かれました。四神はそれぞれ、指し示す方角や、象徴する季節、色が次のように決められています。
青龍=東方=緑(青)=春
朱雀=南方=赤(朱)=夏
白虎=西方=白=秋
玄武=北方=黒(玄)=冬
これは中国の古代天文学や五行説にもとづくもので、したがって秋を象徴する霊獣は、3の「白虎」となります。

方角と色、季節をあわせてとらえる考え方は、意外にも現代のわたしたちの生活にも受け継がれています。例えば「青春」。若く青々と緑が繁る春の季節は、若者を表わします。赤く燃え立って勢い盛んな夏は、脂の乗り切った壮年を指し「朱夏」の言葉で表されます。同様に円熟した熟年期を「白秋」、人生のまとめにかかる老年期を「玄冬」といいます。詩人・北原白秋の号は、この考え方にちなんだものです。歴史好きの方なら会津藩の部隊を思い浮かべるでしょう。青年と熟年の命名が逆転はしていますが、17歳までを白虎隊、35歳までを朱雀隊、49歳までを青龍隊、50歳以上を玄武隊としていました。21世紀の日本にも受け継がれている古代中国の思想。奈良の古墳はその中継点として、歴史の奥深さを教えてくれるのです。

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