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世界遺産「飛鳥・藤原の宮都」を体感!【第一回】飛鳥宮跡と藤原宮跡-宮殿の変化-

更新日:2026年10月6日

飛鳥宮跡

2026年7月26日、「飛鳥・藤原の宮都」が世界遺産に登録されました。
飛鳥・藤原の地域には、6世紀末から8世紀初めにかけて築かれた宮殿や官衙(かんが)、仏教寺院、墳墓などの遺跡が数多く遺されています。この時代は、日本が東アジアとの交流を通じて新しい制度や文化、技術を取り入れながら、中央集権国家が成立した変革の時代です。その歩みを今に伝えるのが、19の構成資産からなる世界遺産「飛鳥・藤原の宮都」です。

そこで「ええ古都なら」では、5つのテーマを入口に約1400年前の魅力をご紹介します。

第一回のテーマは「飛鳥宮跡と藤原宮跡-宮殿の変化-」。数代にわたる天皇の宮が初めて同じ地に置かれた飛鳥宮跡と、その後につくられた日本初の中国式宮殿・藤原宮跡を巡ります。

目次

天皇の住まいと政治・儀礼の場が一体となった「飛鳥宮」
4つの宮と5代天皇
飛鳥宮をバーチャル体験!
日本国が成立した「藤原宮」
飛鳥宮跡と藤原宮跡の比較
アプリで蘇る藤原宮
おわりに

天皇の住まいと政治・儀礼の場が一体となった「飛鳥宮」

空から見た飛鳥宮跡
写真提供:世界遺産「飛鳥・藤原」協議会

明日香村の中心部にある「飛鳥宮跡(あすかきゅうせき)」。7世紀、ここには、天皇の住まいと政治を行う場所が一体となった宮殿が置かれていました。

それまでの日本では、天皇が代わるたびに王宮が別の場所へ遷っていましたが、630年に飛鳥宮がつくられてから、694年に藤原宮へ遷るまでの間は、天皇が代わってもほぼ同じ場所に宮殿が営まれるようになります。

4つの宮と5代天皇

飛鳥宮跡に復元整備されている石組井戸

飛鳥宮跡では、4時期にわたり5代の天皇の宮殿が発見されています。

宮 時期 天皇 主な出来事

飛鳥岡本宮

(あすかおかもとのみや)
630年~636年 舒明(じょめい)天皇 遣唐使が派遣され、
東アジアとの交流が進む

飛鳥板蓋宮

(あすかいたぶきのみや)

643年~655年 皇極(こうぎょく)天皇
(斉明天皇)
乙巳の変の舞台となる

後飛鳥岡本宮

(のちのあすかおかもとのみや)
656年~667年 斉明(さいめい)天皇 宮周辺で大規模な土木事業が
行われる

飛鳥浄御原宮

(あすかきよみはらのみや)
672年~694年 天武(てんむ)天皇/
持統(じとう)天皇
壬申の乱後、天武天皇が飛鳥へ
移り、持統天皇の時代まで続く

ここで注目したいのは、4つの宮殿がほぼ同じ場所に重なっている点です。

飛鳥宮は、宮殿の位置が固定化するとともに、天皇の住まいと政治・儀礼の空間が一体となりました。7世紀中頃以降、政治の中心となった宮殿の周辺に政治や儀礼に必要な官衙施設が次々と増設されていきました。この「天皇の住まいと政治の一体化」という構造は、のちの藤原宮、平城宮、平安宮へと受け継がれていく原型となりました。

飛鳥宮跡は、まさに天皇を中心とした国家の仕組みが形づくられていくプロセスを感じられる場所といえます。

飛鳥宮をバーチャル体験!

飛鳥宮跡や周辺施設では、スマートフォンやタブレットを活用し、当時の姿を3D CGで再現したVR(バーチャル・リアリティ)体験が楽しめます。

スマホをQRコードにかざすと当時の様子を体験できる

実際に利用してみると…

「バーチャル飛鳥京」の画面(提供:株式会社アスカラボ)

画面の中には、飛鳥時代の建物や、鮮やかな装束を纏った人々の姿がズラリ!水田や野原が広がる現在の風景に重ね合わせることで、かつてここに存在した宮殿の臨場感をリアルに体感できます。

日本国が成立した「藤原宮」

藤原宮跡 

「広い…!」藤原宮跡に初めて足を踏み入れると、誰もがその圧倒的なスケールに驚かされます。

694年、持統天皇は飛鳥から藤原へと都を移しました。710年に平城京へ遷都するまでのわずか16年間ではありましたが、藤原の宮都が日本最初の「中国の都城にならった本格的な首都」であり、政治の中心地でした。

発展を続けた飛鳥の宮都は、政治や行政の機能が拡大するにつれて手狭になっていきました。そこで、飛鳥盆地の北西に広がる開けた平地へと、全く新しい大規模な宮都が造営されました。

空から見た藤原宮跡
写真提供:世界遺産「飛鳥・藤原」協議会

藤原宮は、大和三山(香具山・畝傍山・耳成山)に囲まれた平地に位置し、約1km四方の堅固な大垣で囲まれた宮殿でした。内部には、以下のような重要施設が規則正しく配置されていました。
その内部には、
◎内裏(だいり):天皇の居住空間
◎大極殿(だいごくでん):天皇が国家的な儀式や祝典を行う施設
◎朝堂院(ちょうどういん):官僚たちが集まり政務を行う空間
◎官衙(かんが):行政実務を担う各種役所群


藤原宮が政治の中心であった701年には、日本初の本格的な法律体系である「大宝律令」が完成しました。中央官庁をはじめとした政治の仕組みがすみずみまで整えられ、日本の「律令国家」としての骨格が完成した時代でもあります。

飛鳥宮跡と藤原宮跡の比較

飛鳥宮では、住まいと政治の場が一体となり、宮殿の周囲に官衙が順次描き足されるように広がっていきました。一方、藤原宮ではそれらの統治機構をはじめから「ひとつの巨大な宮殿内」に計画的に集約させたのが大きな違いです。

  飛鳥宮跡 藤原宮跡
年代 7世紀 694~710年
宮の特徴 天皇の居住空間と政治・儀礼の場が一体となり政治の中心地となる 約1km四方の大垣の内側に内裏・大極殿・朝堂院・官衙群などを集約
建物 主に掘立柱(ほったてばしら)建物 瓦葺き・礎石(そせき)建築を初めて採用
周辺 宮の周囲に官衙施設が順次整備 宮を中心に計画的な都城を整備
主な歴史的な意味 天皇を中心とする政治の仕組みが誕生し、発展した段階 中央集権体制に基づく計画的な宮の完成

アプリで蘇る藤原宮

橿原市が提供するAR/VRアプリ「XR藤原宮」を利用すると、大極殿などの巨大建築が実物大の3Dモデルでスマホやタブレットの画面上に現れます。朱塗りの鮮やかな柱や、瓦屋根の重厚感まで精巧に再現されており、なんと自分自身が藤原宮に居るような記念写真(合成ショット)も撮れますよ♪

藤原宮跡に「XR藤原宮」のマーカーサインタワーがある

復原CGで大極殿の様子が体感できる

自分も映りこめるのがユニーク

藤原宮跡にある蓮池(2026年7月現在)

おわりに

発掘調査や研究により、今もなお新たな発見が続いている飛鳥宮跡と藤原宮跡。
二つの宮殿は静かに土の下で眠っており、一見すると「のどかな野原」のように見えるかもしれません。しかし、だからこそ実際にその地に立ち、風を感じながら歩いてみることで、「ここに、日本の国づくりを担った巨大な宮殿があったのだ」という感動を覚えます。

世界遺産に登録されたこのスケール感を、ぜひ現地で体感してみてください!

〈DATE〉飛鳥宮跡

所在地 明日香村大字岡
アクセス

徒歩:近鉄「飛鳥駅」から徒歩約40分

バス:近鉄「飛鳥駅」・「橿原神宮前駅」から、明日香周遊バス・赤かめに乗車、

   「岡天理教前」下車、徒歩約5分

駐車場 なし ※周辺の有料駐車場を利用

 

〈DATE〉藤原宮跡

所在地 橿原市醍醐町ほか
アクセス

徒歩:近鉄「耳成駅」あるいは「畝傍御陵前駅」から徒歩約30分

バス:近鉄「大和八木駅」から橿原市コミュニティバスに乗車、「橿原市藤原京資料室前」
   下車すぐ

車:(大阪方面より)南阪奈道路から大和高田バイパスに入り、 国道165号「縄手町南」交差点を
   左折、「縄手町」交差点を右折すぐ(橿原市藤原京資料室駐車場)
駐車場 あり(無料)

(次の記事)【第二回】神秘の古寺「川原寺」で、心を整える「写経体験」

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