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世界遺産「飛鳥・藤原の宮都」を体感!【第二回】神秘の古寺「川原寺」で、心を整える「写経体験」
更新日 2026年10月6日

川原寺の写経道場
第二回のテーマは「川原寺」。飛鳥寺、薬師寺、大官大寺とともに、飛鳥時代に栄えた「飛鳥四大寺」の一つに数えられる国家寺院です。天武天皇2年(673年)に、書生(写経生)を集めて一切経の写経が行われたと「日本書紀」に記されているのだそうです。そこで今回は、歴史の舞台で、実際に写経を体験してみました。
目次
神秘に包まれた「川原寺」

川原寺跡
「本当にお寺があったの!?」と、驚くほど広大な敷地!実はこの場所、飛鳥時代、川原寺の境内の跡地なんです。その規模は、東西150m以上、南北約330m(約5ヘクタール)!例えると、東京ドーム約1個分。現在までの発掘調査で確認されている範囲だけでも、実に広大な伽藍を持つ大寺院だったことが分かっています。

川原寺跡の「中金堂」があった場所に建てられた「弘福寺(ぐふくじ)」
しかし、川原寺にはいまだ多くの謎が残されています。
〈謎 その①〉
創建の年代や経緯には諸説あり、まだはっきり特定されていません。
〈謎 その②〉
他の大寺が遷都の度に移転したものの、なぜか川原寺は飛鳥の地から離れることはありませんでした。

左はご本堂。「十一面観音」「持国天立像」「多聞天立像」が安置されている。
〈謎 その③〉
基本的に、飛鳥時代の寺院は「一塔一金堂式」であったのに対し、川原寺は、「一塔二金堂式」!他には類を見ない伽藍配置であったことが発掘調査で判明しました(昭和32~35年)。
〈謎 その④〉
発掘調査で、川原寺の境内にある北側の山肌からは、レリーフ状の板に彫られた三尊塼仏(さんぞんせんぶつ)が出土しました(昭和49年)。その数、なんと千数百体!なぜ、川原寺にだけ多くの仏様が出土したのかは分かっていません。
このように、川原寺はいまだ、多くの不思議が残る、神秘のお寺なのです。

境内に残る古代の礎石
現在、寺の建物は残っていませんが、川原寺跡には、金堂や塔などの基壇とともに、当時の建物を支えていた礎石が残っています。
心を整える「写経体験」
川原寺の歴史を語るうえで欠かせないのが「写経」です。
「日本書紀」には、天武天皇2年(673年)3月、川原寺に書生を集め、一切経の写経を行ったという記述が残っています。これが、日本の歴史に残る最初の写経といわれています。

写経道場から川原寺跡を望む

墨の香りに優しく包まれる時間

台紙の文字をなぞって書く形式のため、初心者でも安心
川原寺では、誰でも気軽に写経体験が楽しめますよ。
筆を滑らせながら送る静かな時間。窓に広がる雄大な景色。心が整い、穏やかな気持ちになれます。これも、川原寺の不思議な力なのかもしれません。
おわりに
かつて多くの書生たちが筆を走らせたその場所で、雄大な景色を眺めながら向き合う写経体験は、日常の忙しさを忘れさせてくれる特別な時間でした。ぜひ川原寺で自分自身と向き合う「心の休日」を過ごしてみてはいかがでしょうか。
〈DATE〉川原寺
| 住所 | 高市郡明日香村川原1109 |
| 電話 | 0744-54-2043 |
| 料金 | 写経体験300~1,000円(4パターンあり) ※予約優先 |
| 駐車場 | あり |
| アクセス |
公共交通機関:近鉄「飛鳥駅」または「橿原神宮前駅」乗車、飛鳥周遊バス「赤かめ」に乗車、 |
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