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結崎

掲載日:2009年12月1日

ある日、空からお面とネブカが降ってきた?!-。突拍子もないユニークな伝説に込められたのは、観世流能(かんぜりゅうのう)の伝統と特産物のネブカへの誇り。大和川とその支流・寺川沿いに開けた川西町結崎(ゆうざき)に、歴史のロマンを訪ねます。


面塚


糸井神社


油掛地蔵尊


結崎ネブカ

  

南都銀行結崎支店のオススメ!

お面とネギの伝説残る町を歩く

南都銀行結崎支店は、近鉄橿原線結崎(ゆうざき)駅の東側にあります。昭和40年代、日本の高度経済成長とともに発展してきた結崎の町は、知る人ぞ知る観世流能(かんぜりゅうのう)の発祥の地。寺川の左岸にはこれを記念した「面塚」(めんづか)の碑が建てられています。

最初のオススメは、この面塚です。川西町役場から延喜式内社(えんぎしきないしゃ)の糸井神社を過ぎ、寺川を渡って堤防沿いに東へ少し歩くと、玉垣に囲まれた一角があります。敷地のほぼ中央に立つ石碑には、大きく深く刻まれた「面塚」の文字。近くには先代宗家(そうけ)左近師の筆による「観世発祥の地」の碑も立っています。

奈良県は能楽の発祥の地です。「観世」とは能楽のシテ方(演技を行うこと)の一派で、観世(結崎座)、金剛(坂戸座)、宝生(外山座)、金春(円満井座)の4つの派は、能楽の前身である猿楽の時代から「大和四座」と呼ばれていました。結崎座の観阿弥(かんあみ)は猿楽を一般にもわかりやすい芸能に変革、「結崎座」から「観世座」に名を改めました。その観阿弥が住まいを定めたのがここ結崎の地です。息子・世阿弥(ぜあみ)とともに能楽を完成させた日本芸能史の巨星を、この面塚に偲ぶことができます。また春には桜の花が舞い、能楽発祥の地にふさわしい情緒を醸し出してくれます。

ところでこの面塚と切っても切りはなせないのが、次にオススメする特産の「結崎ネブカ」です。一時栽培する農家がなくなってしまいましたが近年復活、大和野菜にも認定され、独特の甘さと柔らかさが人気を集めています。結崎ネブカには面白い伝説があります。それは室町時代のある日のこと、にわかに暗くなった空から、怪しげな音とともに寺川の岸に翁の面とネギ1束が落ちてきました。村人は能面をあつく祀り、ネギをさっそく植えてみたところ見事に成長し、「結崎ネブカ」として特産物になったといいます。お話には観阿弥が登場して糸井神社に日参するなど、さまざまなバリエーションがありますが、いずれにしても「能の発祥の地」としての誇り、そして結崎ネブカを生んだ大地の恵みを語り伝えるものでしょう。2009年11月、奈良公園で行われた食のイベント「Cu-Cal in 奈良」では、有名シェフが“結崎ネブカとペンネのグラタン”や“結崎ネブカのクリームパスタ”等の料理を提供。あるシェフの話によると、結崎ネブカはホワイトソースとよく合うとのこと。また地元では結崎ネブカを使った“うどん”を食べることができます。これからの寒い季節、「結崎自慢の味」を味わいにぜひお越し下さい。

最後のオススメは、聖徳太子が斑鳩(いかるが)から飛鳥へと通った「筋違い道」(すじかいみち)をたどる歴史散歩です。筋違い道は斑鳩から大和平野を斜めに横切って飛鳥へ向かう古代の官道で、全長約24km。斑鳩と飛鳥を結ぶ最短ルートで、斑鳩に宮を置いていた聖徳太子のために作られたといわれ、後世には「太子道」とも呼ばれました。現在は川西町などに一部を残すのみです。

吐田にある「油掛地蔵尊」は、まさにこの筋違い道に接して立っているお地蔵さん。できものを治してくれるといわれ油を掛けて祈ったことから、黒々と油光りする姿になりました。大和川左岸の堤防にほど近い田中の地蔵は、庶民の生活の中に信仰が生きていたのどかな時代を思い起こさせてくれます。

時代はかわり、大和川の堤防からは斑鳩の塔は望めませんが、聖徳太子も眺めた古代の風景に思いをはせつつ、歴史と伝説を訪ねて結崎の地を歩いてみませんか。

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